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羅臼町を巡る旅
羅臼から標津までのアイヌ語地名を巡る‼

スネトビニウスシネトペニウシ sine-topeni-us-i

1本のイタヤカエデの木がある所の意味。このイタヤカエデの木は、目立つ木だったのでしょう。逆に目立つものは1本のイタヤカエデだけだつたのかも。道北には一本の松という様な地名が有るがそれと同じ感じでしょうか。

羅臼(らうす)町・川 ラウス

知床羅臼海岸01

羅臼川の両岸に広がる町で羅臼町役場の所在地である。永田地名解では“低處”とだけ書かれている。別な所で当地のアイヌはラウシはラウネナイに同じと書いている。それならば地形的にも一致する自然を表現したもので納得がいくが。更科地名解はこの地方では葛の蔓ラと云い実際に羅臼には葛が自生している事から“葛が多い”としている。戊午知床日誌では“ラウシ、むかしアイノの村だった所で、その石塔場が多くあるという。アイノたちはここから沖に出ては海豹や海馬を捕り、山に入っては熊、狐、狸などを猟して、この所でみな屠り、その臓腑や骨が沢山あったので名付けた”と。羅臼町はこの説を採用している。山田氏は元々の地名は低い所だったのが、狩猟が多い所だったので後に臓腑を捨てた所と伝えられたのではと書いている。

礼文(れぶん)町rep-un-sirar-ika?

永田地名解では“レプイ・シララ 海岩‘レプイ’ハ‘レブン’ト同シ‘ウミニアル’ノ義”と記し“レプンシラリカ rep-un-sirar-ika”で沖にある波かぶりの岩を云う。川でも同じ様に“シラリカ”と言うの所がある。岩に当たって白く泡だつている様な状態の所を云うようです。

立仁臼(たちにうす)川タッニウシ tatni-us-i

“タツニ・ウシ⇒樺の木群生するところ”と云う意味だか宛て字が普通は牛が多いところを臼とした響きの良い地名です。樺の木はアイヌの生活に重要な樹種だったので各地に樺を意味する地名が多いが、今は白樺樹液が各地で特産品になっていたりする。

飛仁臼(とびにうす)川トペニウシ topeni-us-i

永田地名解では“トベニ・ウシ 楓多キ處 小楓ノミ多シ”となっている。永田氏がこの地方の地名を調べた頃には良いイタヤカエデはなかった様で、その名残が残されていたという感じですが、昔は沢山有ったのでしょう。トビニウス川は礼文町の平地の北より山裾を流れています。

ホロムイポロモィ poro-moy

永田地名解では“ポロ・モイ 大湾”大きな入り江の意味です。礼文町全体が大きな入り江になっているが、今は使われていない地名。江戸時代から明治時代の地図には、ホロムイとあり、戊午知床日誌でもホロムイとある。旧道沿いに見事なオンコ揃いの幌向オンコ公園が有ります。

ソスケ(ソシケイ)ソシケイ sos-ke,i

永田地名解では“ソシュケイ 破壊スル處”とあり崩壊地の事を言うが、具体的には土が剥げたり、崩れたりして地肌が現れている所や、崩壊した崖の意味することが多いと言う。現在まで何度も道路が作りかえられ、その度に崖も補強されるので道路からは目にする事は無くなった。

オタフク岩ワタラ watara

知床羅臼海岸02

永田地名解では“ワタラ 三丈許ノ立岩あり”となっている。丸みを帯びた大岩で地元ではオタフク岩と呼ばれているようだ。アイヌ語でワタラとは海中からでている岩を意味すると云うが、オタフク岩はどういう訳か陸地にあって、岩の基部西側は松法港となっている。

松法(まつのり)町・川マッネウリリ mat-ne-uriri

永田地名解では“マチネ・ウリリ 雌鵜 鵜の巣川上ニ多シ故ニ名ク”と云うが雌だけというのもおかしい様な気がするが。雄は何処に行ったのでしょうか。“mat-ne”は女(雌)である“uriri”は鵜のこと。松浦日誌にはマチノリ、再行時はマチノリとあり、マチノリに松法と宛て字をしたもの。小さな漁港が有り釣り人の姿が絶えない。

知西別(ちにしべつ)川チプニウシペッ

知床羅臼海岸03

永田地名解では“ニ・ウシュ・ペ 大ナル樺アル處“とし木が沢山有る川としているが、更科地名解では“チニ・ウシ・ペツ で 枯木の多い川”と。松浦蝦夷日誌では“チフニウシベツ此所ネモロ領北の方第1番の番屋也”とあり、当時は知西別が中心だった様だ。ここではかつて巨大な切り株を現実に見ており、船を造るのに適した素性の良い巨木が有ったと云うので“チニウシペッ⇔cip-ni-us-pet”で船の木ある川を採用。今の解は“ci-ni-us-pet”枯れ木が群在する所となっている様だ。

八木浜(やぎはま)町アネスマ ane-suma

永田地名解では“アネ・シュマ 細キ立岩 ヤイネシュマ トモ云フ独立の石の義”とある。ヤイネシュマに八木浜と宛て字。春松中学校の建つ以前、大きな岩が裏の方にあったと。戊午知床日誌では岩の側に小さな滝があると。羅臼十景の峰浜パーキング有り、釣り人にもお馴染みの地。

立苅臼(たつかりうす)川タツニカルシ

永田地名解では“タッカル・ウシ(樺ヲ取ル處)宮本金治郎ト云ウアイヌハ タプカルウシニテ アイヌ等ガ舞踊セシ處ナリト”とも、立刈臼“タツニカルシ tatni-kar-us-i⇒樺皮を取り付けている所”の意味で、川沿いには樺の木が多く樺の皮をいつも採った所なのでしょう。アイヌは屋根にも使い、インデアンはカヌーを造っていたと云うから驚く。

麻布(あざぶ)町オタツニオマプ o-tatni-oma-p

永田地名解では“オタッニ・オマップ 麓ニ樺樹アル處”と、川口に樺の木があるものという意味。更科地名解でも“オ・タッニ・オ・マップ そこに樺の木ある川”に於尋麻布の当て字をした事からオタヅネマップと呼ばれるようになった。今の麻布に変わる理由は其の響きが嫌われたのは容易に想像出来る。港の名前は今も於尋麻布港。

精進(しようじん)川&橋

知床羅臼海岸04

古くは“オタツニオマ”と呼ばれた川で意味は麻布に書いてある通りである。精進川というと魚が棲息していない川と思われがちですが、鮭、マス、イトウなど漁労の対象になる魚はいないが、落とし穴はあるものでイワナがいたりする事があるのは周知の事実と云うべきか。ただこの川に関しては白っぽい感じで魚が生息しているようには見えませんが実際は?

春苅古丹(しゅんかるこたん)川シュムカルコタン

知床羅臼海岸05

永田地名解では“シュム・カル・コタン 鱒ノ脂ヲ搾リタル處”と“sum-kar-kotan⇒シュ”コタンで魚の油を取る村の意味。更科地名解では昔鱒のしめ粕を作った所だという。春刈古丹川は、今も鮭鱒の遡上する川。明治になって、コタンの中心地は植別から春刈古丹に移りが漁の中心地となっていた。今は春日町と云い川の名のみ残る。『映画北の国から』のロケが有った所です。

幌萌(ぽろもえ)町 幌萌川ポロモィ poro-moy

知床羅臼海岸06

永田地名解では“ポロ・モイ 大彎”とある。更科地名解では“大事な入り江”としている。幌萌は大きい入り江、湾の意味で幌萌町として残された。戊午知床日誌では“左右が少しの出崎になっていて一彎をなしており”とある。陸と海から見た湾の感じとでかなり異なりそうです。丘陵の一部にオンコの純正林があり、公園として整備されているが手入れは余り良くない。

茶志別(ちやしべつ)川チャシペッ casi-pet

知床羅臼海岸07

永田地名解では“チャシュ・ペツ 早川”と有るが急流と解したのか。羅臼町では“チャシ・砦”とし、砦のある沢としている。幌萌町の川名、橋名として残っている。戊午知床日誌では“此川の南方に古き土人の城跡と云えるもの有りて、その辺に穴居跡多きによって号る也”と遺跡とチャシ跡が有ったとし、実際に遺跡が確認されている。河口部に数件の民家があるも釣り人は見たことありません。

陸志別(りんしべつ)川ルクシペッ ru-kusi-pet

知床羅臼海岸08

永田地名解では“ルクシュ・ペツ 山越 古ヘ斜里郡ヘ山越シタミチナリ”と、道が川なりに通っている川の意味。戊午知床日誌では“其訳ルウクシヘツとは是よりシャリのヲン子ヘツえ山越ある故に号る也”とあり、現在は川と橋にその名が有ります。河口の横に展望の良い峰浜パーキングが有りポン陸志別川の河口がある。此辺は鮭や鱒の釣り場としてもマニアにその名が知られている所です。

居麻布(おるまっぷ)イウォロマプ i-wor-oma-p?

知床羅臼海岸09

松浦日誌の中に出てくる“エヲロマフ”というのは此川の事か?戊午知床日誌では“ヨウロヲマフ”と記している。発音からは“i-wor-oma-p⇔イウォロマ⇒ともとれ、川にニレの樹皮か何かを水に浸しておいたものか?永田地名解では“リコプ・オマ・ナイ星川”と、隕石の落下が有った事から付けられたと。隕石や星が“nociw⇔ノチュー”として地名起源になっている所はあるがリコプは他の例を知らない。星は天上から監視する天神の眼としてリコプとも云い、魔除けの意味もあると更科源蔵氏は云う。美幌では星をリコプと言ったようです。居麻布川の近くに植別神社がある。

植別(うえべつ)川 植別橋ウェンペッ wen-pet

知床羅臼海岸10

永田地名解では“ウェン・ベツ 悪川”として2例を記載。ひとつは“此川ノホトリニアイヌ村アリシガ疫病流行ノトキ今ノウエンベツ村ニ転居セリ”と、もう一つは“コノ川ニテ蝦夷折々溺死スル故ニ名ク”と有る。古い記録では上原熊次郎の「地名考」は“溺死”するからと、知床日誌では“病気がはやって今の所に移った”と記される。悪い理由が時代とともに変わる事が多いのが普通ですがここははっきりしている。※松浦武四郎の紀行の中で知床関連をまとめた秋葉實編「知床紀行」と知里真志保著・地名アイヌ語小辞典が携帯用のガイドブックとしてお勧め。

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