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阿寒湖のマリモ伝説

昔阿寒湖に菱の実(ペカンペ)があったが、阿寒湖の神様はそれを喜ばず邪魔をしていた。然しペカンペはなんとか神様の機嫌を取ろうと努力し「私たちは出来るだけ仲間を多くしたいと思いますから、どうかいつまでもこの湖においてください」とお願いしたところ、苦り切った神様は「お前達を湖に置くとどうも湖が汚くていけない。それにお前達がいると、お前達を取るために人間が多くなって、いっそう湖が乱れるから置くことは出来ない」とペカンペの願いはにべもなく神様に断られてしまった。我慢をし続けてきたペカンペもこの神様の冷酷な言葉に憤然として、あたりにあった草をむしって丸めて湖に投げ入れここを去ってしまった。そのペカンペにむしられて投げ込まれた草が現在のマリモになったと言うのである。山本多助エカシ・阿寒の伝説 ※アイヌはマリモを「トーサラウンペ」(湖の妖怪)といっておそれていたという。

恋マリモ伝説(創作伝説)

観光ガイドブックなどにある「マリモ伝説」は大正時代の観光用創作伝説ですが参考に概略を。「湖畔のコタンの娘がやくざ者と婚約させられたが、彼女の本心は家の使用人の若者だった。やくざ者は女の本心を知って恋敵を始末しようとしたが、返り討ちにあって死んだ。しかし使用人も罪の意識で入水し、一連の出来事を知った娘も後を追った。相思相愛の男女の魂がマリモになった」という内容。本来の伝説からいえば幽霊伝説で「マリモ祭り」をそれらしく装うためのイカサマといわれても仕方ない。

ポンヌプリと雄阿寒

雄阿寒岳と雌阿寒岳は夫婦の山であったが、雄阿寒には北見留辺蘂の裏にあるポンヌプリという妾山があった。あるとき魔神のニッネカムイが現れて山のくせに妾を持つとは生意気だと持っていた槍で雄阿寒を突き刺し、何の罪の無い雌阿寒の頭をも突きとばしてしまった。雌阿寒の噴火口はそのときの槍痕であるという。二つの山を痛めつけた魔神は続いてポンヌプリまで突き飛ばしたが、その槍先がそれて七曲がりに止まり、その槍跡は深い沢になってしまった。この魔神の暴虐に恐れたすポンヌプリは留辺蘂から逃げ出して屈斜路湖畔に移ってしまった。それが現在どの山か不明であるが、その山の一方から赤い水が流れている。これは山の涙であるという。そしてポンヌプリのあった跡は沼になっているということである。こうしたことがあって以来阿寒の人が屈斜路湖上に出ると、必ず雨が降ると伝えられている。※北海道庁編・北海道の口碑伝説

北見富士と雄阿寒

北見富士と雄阿寒は男山で、どちらも女山の雌阿寒が好きなことから争いとなり、北見富士は恋敵の雄阿寒に槍を投げつけたが、雄阿寒は鉄で出来ているので槍が撥ね返されて、リクントーという所にあった雄阿寒の妾山に突き刺さった。思いがけぬ事で怪我をさせられた山は、そこを去ってオホーツク海岸に行き斜里岳になった。この斜里岳の抜けた跡(リクント=高所にある沼)には沢山の行者ニンニクがあるが、それを取りに行くと昔の事を思い出して泣いて泣いて、草が腐るほど雨が降るので、可哀想だから行ってはいけないと老婆達にいわれた。北見富士の事をオプタテシケ(槍のそれた)というのだ。美幌町 田中フヨフチ伝

摩周岳と雄阿寒

雄阿寒と雌阿寒は夫婦山だが、元は摩周岳と雄阿寒とが夫婦であったのにいつのまにか雄阿寒は雌阿寒を妾にするようになった。そうしたある日のこと、雄阿寒は遙か東の方の男友達である斜里岳と弓勢をきそって腕比べをしたところ、どうした弾みか雄阿寒の射た矢が、本妻である摩周岳の腿を射てしまった。摩周岳は「妾を持ったので私が粗末にされるのだろう」と悲しみ、刺さった矢を抜いて根室の方までやってきて傷口をいたわりながら、振り返ってみるとまだ阿寒の姿が見えるので、更に遠く海を渡って国後にまで来て落ち着いた。国後のチャチャ山がそれである。だから釧路の者が国後に行くと、チャチャ山は故郷の事を思い出して泣くので雨が降って荒れる。だからあの沖を通る時には煙草をあげて通るものだ。摩周岳の麓の赤い岩は、雄阿寒の矢で傷ついた時に流した血に染まったのである。阿寒湖畔 舌辛音作エカシ伝

ピリカネップのサマイクルカムイ伝説

釧路から阿寒湖畔に行く途中の発電所、ピリカネップ取水口の所の川縁に、祠のある山がある。伝説では、この山を文化神(サマイクルカムイ)の漁小屋と呼んで、文化神があそこで鮭を捕っては後ろの岩棚に投げあげたので、後に鮭の小山が出来た。ところがオタスツ人(オタスウンクル)と沖の国(レプンクル=外国人)との間に戦争が起こったので、捕った鮭を片付ける隙もなくオタスツ人の応援に駆けつけたので魚がそのまま小山の崎になってしまったので、そこをピリカネップという。そして川向かいの山を神様の集まる庭というのだ。阿寒町 秋辺コサンケエカシ伝

ピリカネップとカムイミンタル

ピリカネップは現在の発電所取水口から1kmほど阿寒よりの、阿寒川向かいの山の峰が川に突き出た所で、本当はピリカノット(美しい岬)というのだ。取水口の小山はサマイクルプ(サマイクルの倉)ともスマタッコプ(岩の瘤)とも。またポンヌプリ(小さな山)とも言った所で、カムイミンタルという所は文化神サマイクルの庭で、サンネイ(岩棚)とも言って、あそこにある洞窟をサンネイポルと言って良く熊をとった所だ。阿寒町 秋辺スーオッカイエカシ伝

魔神を隠した雄阿寒

昔石狩の方の山続きにニッネヌプリ(魔神の山)という山があり、そこには常に魔神達が隠れていて、人間の世界の邪魔ばかりしていた。そこでオタスウンクルというアイヌの英雄が、これを退治しようとこの山を攻め六月六番の間天地も崩れ落ちるばかりの激しい戦いが続けられ、多くの魔神はオタスウンクルに退治されたが、魔神の頭目とだけは勝負が決せず、なおも激しい二人の戦いが続いた。しかし次第に魔神は弱り黒雲をはいたり雨を降らして逃げ回り、山から谷、谷から森と隠れ海上にも逃れたが、そのたびにオタスウンクルに発見されるので、苦し紛れに霧を吐いてまた山の方に逃げて、雄阿寒に匿ってくれと多助を請うたところ、雄阿寒はものもいわず岩の拳骨で殴りつけたので、きりきり舞いをした魔神は、今度は雌阿寒に行って泣いて頼むので、情に脆い女神である雌阿寒はつい魔神に同情して、その内懐に隠してやった。これを知ったオタスウンクルは非常に腹を立て、雌阿寒に談判をし、その懐から魔神を引出して惨殺し、雌阿寒を呪っていった。「魔神を隠したお前の懐からは、臭い息が出て膿み流れるだろう」それで今も魔神を隠した雌阿寒の懐からは、臭い噴煙が昇り膿が流れ出るのであるという。それ以来魔神を殴りつけた雄阿寒はコタンの人々から尊敬されて祭ごとに酒を捧げるが、雌阿寒にはあげなくなったという。屈斜路コタン 弟子カムイマエカシ伝

魔神と戦った六十人の戦士と雌阿寒

別説では魔神を退治に向かったのはオタスウンクルではなく、国々から選ばれた六十人の勇士で、十二日間に魔神の手下を全部退治したが、勇士達も傷つきあるいは殺され、二十人たらずになったが、最後に魔神の王を攻め激しい戦いのうちにそれらの勇士も傷つき斃れ、最後に雌阿寒から魔王を引き出して退治したのは僅か六人であった。この六人の勇士と国々の神様に厳重な談判をされた雌阿寒は泣く泣くその罪を詫び、その償いとして魔神に殺された五十四人の勇士の屍体を集めて、自分の持っていた薬を沸かして傷を治し、もとの達者な人にした。それでアイヌはこの山をニッネアウンシリ(魔神の入った山)といって奉りをしなかったが、その後怪我や病気の時に雌阿寒の薬湯で身体を治すようになってからは、また奉りをするようになった。山本多助エカシ・阿寒の伝説

阿寒岳と魔神

世界中を悪戯して歩く魔神が、雷神のカンナカムイに追われ逃げ回った末に、雌阿寒岳に来てやっと匿ってもらった。そしてそこに一年半くらいも隠れていたが、いつも雷神(カンナカムイ)がゴロゴロと廻って歩くのが不安で、たまりかねて又雌阿寒の懐から飛び出したところ、目敏く雷神に見つかり、雲の様な白いものを頭から被って、それを翼にしてパタパタと羽搏いて逃げた。逃げて逃げてアプタヌプリ(有珠山)にかくしてしまうつもりでアプタヌプリに頭を突っ込んだところ、後から雷神の投げつけた槍が飛んできて、それが魔神に当たらず、山に刺さったのでアプタヌプリが爆発してしまったのだという。それから何年かたって、またまた阿寒の附近に現れたところ、また雷神に発見されたので、あわてて阿寒川のルチシ(峠)というところから土の中に潜り、山の腰を潜って阿寒湖の落口のオォコッ(oo-kot=深い窪み?)に出てみると、なおも雷神の追ってくる音がするので、雄阿寒の下に潜り込むつもりで行ったが岩が多くて潜り込めずマゴマゴしているところへ、後からきた雷神が槍を投げつけた。然し今度も槍は魔神に当たらずに、傍にあった小山に刺さってしまった。不意に槍を刺された山は泣きながら、雄阿寒の上に大雨を降らせて、阿寒の山が見えない西の方に飛び去り、北海道を離れた沖の中にいって立った。それが利尻島であるといい、山の抜けていった跡の沼はリクントという今のペンケ沼になってしまった。そしてこのどさくさ騒ぎの間に魔神はどこかの土の中に潜ってしまい解らなくなったという。足寄町 小谷地吉松エカシ伝

阿寒湖の青沼赤沼

雄阿寒岳頂上に達すると旧河口の底に不気味な青沼と赤沼が見下ろされる。ここは昔から雷神の降りるところと言われており、青沼をカムイシンプイ(神様の井戸)赤沼をフレ・トー(赤沼)といっているが、雷神が降りて遊ぶ所と言われている。足寄町 小谷地吉松エカシ伝

布伏内の人食い刀(エペタム)

阿寒市街から元・雄別炭坑寄りに布伏内(フップシナイ)という所があり、そこの神社のあるところは砦跡であった。昔、この地方の男達が松前の方に産物を持って交易に出かけ、女達はウバユリを採りに山に行っている留守に、根室や厚岸の野党共がやってきた。砦の中はたった一人の老婆だけより残っていなかったが、剛気な老婆は目釘のゆるんだ山刀を持ち出し、それをカタランカタランと振りながら「私の人食い刀よ 親方を選んで食え」といったので野党の群れはクモの子を散らしたように逃げてしまった。阿寒湖畔 舌辛サイケサニエカシ伝 ※これは阿寒町ポンタッコブチヤシの(城跡・砦跡)にまつわる伝説ですがペルプナイのチャシと呼ばれる小形のチヤシに残る伝説とほぼ同じ筋書き。他にオンネピラチャシ、ケンサツのチヤシの伝承などがあり「宇田川洋著・アイヌ砦と伝承」に掲載。

参考と引用文献他

ここでは主に更科源蔵編・アイヌ伝説集と宇田川洋著・アイヌ砦と伝承から引用。読みやすい様に一部の漢字や句読点等を変更した。内容の変更はしていません。

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