中標津町巡る旅
ぐるっと中標津 養老牛温泉と中標津の滝を巡る‼

養老牛温泉

養老牛温泉

松浦武四郎の戊午志辺津日誌では標津川を遡りトイチセナイで引き返した時に上流の事を聞き書きとして残しているがその中に「此処の上に一つの温泉有りと」とアイヌの人々には知られた温泉であった様です。標津川沿いの渓流に開かれた閑静な湯の里での中に、周囲には小高い山々が連なり、温泉情緒がただよう道東の秘湯として人気。温泉宿は3軒で、どの宿にも露天風呂があり愛好者が多い。滝見の後は温泉で疲れを癒そう。中標津発祥の地はチライワッタラと呼ばれる地で戊午志辺津日誌では安政3年に通行屋が出来た事が記載されている。

養老の滝

養老の滝

養老牛温泉の傍を流れる標津川支流モシベツ川にかかる滝で、温泉街から武佐岳登山口に向かうモシリベツ線林道にはいると直ぐに旧林道との分岐があります。旧林道を行くと直ぐに小さな案内板が有りました。手作りの階段を下ると川幅一杯に広がつて落ちる清涼感一杯の滝がかかっており、水遊びには手頃な滝です。

所在地中標津町字養老牛 駐車場旧林道沿いに数台分

備 考標津川支流モシベツ川

中標津の秘境 クテクンの滝

クテクン

中標津町の秘境で原生の自然のままの景勝地ですが、昔はこの川沿いに武佐岳への登山ルートがありました。新しいルートが出来て年数がたち旧登山ルートは完全に消えてしまった。この地域は500万年~200万年程前から火山活動が活発になり、海底は約60万年前から次第に上昇に転じて海中から姿をあらわして陸地となり知床半島や武佐岳を作りあげた。武佐岳の山体は溶岩からなり、クテクンの滝では節理の発達した武佐岳の火山噴出物を見る事ができる。滝の落差は約25mで迫力があります。入り口からクテクンの滝までの所要時間は約1時間(3km)クテクンの滝のさらに奥には、大小12の滝がありますがこちらは踏み跡も不明瞭です。クテクンの滝よりも奥の滝を目指す場合は完全装備でグループで挑戦してください、また沢登りの技術も必用となりますから初心者だけや、単独での行動は非常に危険です。クテクンの滝までを目指すなら遡行スタイルで、そして必ずゴミは持ち帰りましょう。クテクンはアイヌ語に由来し戊午志辺津日誌では「昔此処えアマホ(仕掛弓)を多く懸しよしなり。よつて号く」仕掛弓と云うのがアイヌ語地名として残っているのはかなり珍しいと思います。

所在地中標津町字武佐 駐車場特定のパーキングなし、遡行となる

備 考標津川支流武佐川支川クテクンベツ川

乾定太郎氏の顕彰碑官設中標津駅逓所初代取扱人

乾定太郎顕彰碑

駅逓縁の人物で中標津開拓の祖、根室原野開拓の先駆者の乾定太郎(1857~1928)氏は大正4年に開駅(中標津町史では大正3年)、昭和5年に廃駅となった官設中標津駅逓所の初代取扱人。その乾定太郎氏の顕彰碑が東7条緑地公園にある。没後同氏の功績を顕彰して木製の碑、昭和23年には石碑(東2条北1丁目・駅逓跡付近)が建立され、昭和38年旧公民館新築落成に合わせ市内中心部の現在地に移設された。 ◇現住所:中標津町 東7条公園内

旧武佐駅逓所修復改変・民家非公開

武佐駅逓所

 大正5年10月に現上武佐地区に官設駅逓所として開駅する。初代取扱人は伊藤繁喜氏。昭和2年に殖民軌道が中標津市街から中央武佐地区まで延び、それに伴って駅逓所は上武佐地区から武佐中央地区に移築。駅逓所の移築に合わせて、駅逓所建造物の右側に、木造2階建ての泊施設宿が併設される。昭和6年5月10日、武佐官設駅逓所が廃止となり。伊藤正信氏(繁喜氏の長男)に無償付与され以降は民営駅逓所として運営。昭和11年に併設部分を含む駅逓所施設の所有権が土田有一氏に移る。国鉄標津線の開通により上武佐地区にふたたび移築、駅逓所は廃止。昭和12年から移築した駅逓舎を活用し「土田旅館」営業開始。昭和60年廃業。
平成13年に所有者がかわり、建造物を修復し居住として使用中。修復の際には、大正11年建築の駅逓所部分はすべて解体され、昭和2年に併設された宿泊施設部分のみ現存、建造物の修復と内部の一部が改築が行われ一般住宅として活用されている。北海道駅逓制度としての歴史を伝える遺構であり、中標津町で最古の建造物のひとつで国の「登録有形文化財」となる。
◇所在地:標津郡中標津町字武佐957-6◇※個人住宅・非公開
◇N43°36’57.8” E144°59’57.5”

養老牛史実案内盤養老牛駅逓所跡

養老牛史実案内盤

 標津川上流域に位置する養老牛市街の交差点近くに大正から昭和初めの歴史を刻んだ養老牛史実案内盤と地域の案内板が設置されている。その中に駅逓も有り、碑のある場所はかつて駅逓のあった場所だそうです。養老牛駅逓所の開設は大正10年というが、官設駅逓としての期間は昭和4年からのようで、その間は民営として開設されていたものか。松浦武四郎の「戊午18巻 東部志辺都誌」に「此処の上に一つの温泉有と。是はカンチュウシブト(養老牛)より入るとわずか二里計ならでなしと云えり」と東蝦夷日誌よりも具体的、文化年間は役人の通行路にも近かったようで(養老牛)温泉の存在は早くから知られていたと考えられる。養老牛温泉の創業(養老園)は大正9年とあり、駅逓開設がその翌年だったことから、湯治客にも利用されたのでしょう。ちなみに養老牛温泉は映画「男はつらいよ」や「釣りバカ日誌」でロケ地になったところです。◇開駅年:昭和04年12月 廃駅年:昭和17年01月 ◇駅逓取扱人:佐藤儀七 ◇所在地:中標津町養老牛 ◇GPS:N43°32’36.60” E144°43’08.72”

中標津町の駅逓跡・自然とアウトドアスポット・ミニギャラリー

林道入口養老の滝2養老の滝3養老の滝4駅逓所跡郷土文化の森 丸山公園

中標津&養老牛温泉と滝・アウトドア関連リンク集

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