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北オホーツク猿払の原生花園と湿性植物群落‼

湿原植物群落とモケウニ沼地図へ

猿払村・モケウニ沼のワタスゲ

浜頓別から猿払に向かいモケウニ沼入り口を過ぎ浅茅野小学校の手前800m地点にある十字路を右折。海岸に向かう途中でモケウニ沼から猿払川に連なる水路がある湿地帯を道が横断している。アカエゾマツの立ち枯れが目立つ所が湿原植物群落の始まりですが駐車場はありません。ただ滅多に車の通らない所なので観察は出来ると思います。そのまま直進でエサヌカ原生花園、湿地帯を過ぎ坂を登った所で右折するとモケウニ沼へ、分岐の先からモケウニ沼入り口迄の間はオフロードなので一旦戻って国道からモケウニ沼に入り直しても良い。湿原脇の台地上にパーキングがあり水際まで木道が整備されている。湿原の代表的ともいえるワタスゲの白い花が絨毯の様に敷き詰められ圧巻、他では見た事がない様な光景が広がる。

エサヌカ原生花園地図へ

猿払村・エサヌカ原生花園道路際のイソツツジ

浜猿払から浜頓別近くまで海岸草原に広が原生花園。植物相は湿性植物は少ない事を除けばほぼ浜頓別ベニア原生花園と同じ構成だが、ツツジやハマナスがやや多くなる様だ。エサヌカ原生花園の最大のポイントは舗装された車道が原生花園内を貫通していること。車窓から一帯に広がるイソツツジの花とオホーツク海が眺められる。北海道弘といえどもこんな所は他には無いだろう。自転車ではアップダウンが少ないのが嬉しい。アプローチは浜猿払からと湿性植物群落からのルートがある。他には上猿払にも湿原があるがルートが複雑で迷いやすい。まれに釣り人が訪れる以外は山菜シーズンに行く方がいる程度。行くならばガイドが必用です。

無名の原生花園

猿払村・ハマナス

宗谷岬から浜頓別まで港や防潮堤区間をなど除けば基本的にはすべて原生花園と云っても過言ではない。エサヌカ原生花園を除いて特に有望な所を挙げてみよう◆東浦市街端から上苗太路川河口まで◆苗太路川河口から知来別市街近くの防潮堤までの間◆知来別市街はずれから浜鬼志別近くの猿払漁協ホタテ貝殻置き場までの区間◆猿骨川河口から猿払川河口まで、元々猿骨川は海岸を南流し猿払川と合流し海にでていた、そのためこの間も湿原が随所に見られる。この間はハマナスも大型のものが多いようだ。これらの原生花園がエサヌカ、ベニア原生花園と異なる点は圧倒的にハマナス優勢と言うことだ。◆猿骨川河口や猿払川河口は簡単に立ち寄れるポイントだ。河口は釣りのポイントでシーズンは釣り人の姿もある。

松浦武四郎宿営の地 猿払地図へ

松浦武四郎宿営地の碑

北オホーツクでは稚内に次いで2番目の武四郎碑。猿払公園に武四郎が宿営したという事ではないが、実際の宿営地に設置して誰の目にも触れないよりは「道の駅」に設置した方が良いと思う。松浦武四郎は弘化3年、安政3年と安政5年に猿払に訪れ3度目はポロ沼と猿払川を見聞している。竹四郎廻浦日記ではこの碑がある所は「イシヤンベ」と呼ばれ「此所に到りてカムイト(北見神威岬)を見る」と、詳しくは「松浦武四郎の碑を巡る」でどうぞ。
◇猿払村浜鬼志別 道の駅・猿払公園

エサヌカとモケウニの地名

此地を3度訪れた松浦武四郎は海岸沿いのイシヤヌカルと猿払川沿いのヲン子イシヤヌカルの二つの地名を記している。本来はエサヌプカルであったのがいつの間にかエサヌカと呼ばれるようになったのか。モケウニ沼はアイヌ語では「小さい(子供の)ケウニ」なのだが一番大きい沼がモケゥニと謎めいている。西蝦夷日誌にある「ケウニ 此所より子供の屍骸上がりし故事有り」少し離れて「ヲンネケウニ、昔大人の屍骸流来し」と記している。ケゥ・ニは骨の事だが、ここでは大人の骨と子供の骨という事で、沼とは無関係です。上原熊次郎は「海明けの頃に沖合にアザラシ猟に出たところ大時化になり、大勢の人が亡くなりこの浜に打ち上げられ爰に埋めたので」と書いている。元々は海岸の地名だったのが内陸に移動したようです。

猿払ホロポックル伝説

『コロポックルなる小人が、アイヌの来任する以前の昔、宗谷の沿岸地帯に穴を掘り、あるいは草室を造って住み、川や海の魚を漁り住んでいたという。そしてその漁法はアイヌたちの到底及ばない敏捷さであったというが、このコロポックル、アイヌに対して種々の風習を持っていた。姿を絶対に見せないこと、川や海で獲った魚を捧げるということなのである。姿を見せない小人たちは深夜にそっとアイヌ民家の窓下や入口に魚を置いて行ったという。ところが好奇心をいだいた一人のアイヌの若者が、小人の姿を見ようと連夜待ち伏せ、ついに小人を掃まえたのである。小人は1mそこそこで、顔に入れ墨をし、半裸の両腕はたくましかった。この異様な姿を見たアイヌの若者は描られた小人より以上に驚き腰を拭かしてしまった。しかし、このことがあってからアイヌの家には、小人からの魚は届けられなくなった。それどころか小人たちの消息は全くなくなった。小人たちはアイヌの仕打ちを恐れ、持ち物一切をチルライトに埋め、いずこへか逃げ去ったのである。アイヌがいれずみをするのは、この小人コロポックルから教わったものであるという。』猿払村史1978

湿性植物群落とエサヌカ原生花園ミニギャラリー

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