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ぐるっと留萌プチ観光・黄金岬と千望台‼

留萌市

港とともに栄えてきた留萌市は北海道の西北部にある留萌支庁管内の中心都市。西は日本海、南北には暑寒別天売焼尻国定公園が連なり豊かな自然に恵まれたオロロンラインの出発点で終着点にもなっています。観光では超目玉と言えるような所は有りませんがミニ観光ポイントは結構多い街です。ドライブコースに組み入れて巡られるのが良いのでしょう。

黄金岬

留萌市・黄金岬昔はニシンの見張り台だったという黄金岬。黄金岬は柱を積み重ねたような荒々しい奇岩が幾つも並ぶ独特な景観は今ではその殆どが失われてしまったが、岬の最先端部は岩礁から岩礁を渡る桟橋が築かれ、海浜公園となっており磯遊びや釣りを楽しめます。洛陽の時を迎えると昼間とは一転して自然の織りなす感動的な光景に出会え、留萌の夕日の名所は今も健在です。夜の黄金岬はライトアップされ、海岸沿いには海の家もある市民の憩いの場。岬に隣接してキャンプ場があり、黄金岬の上には、海をテーマにした博物館「海のふるさと館」があり、写真マニアには超人気スポットとなっています。

松浦武四郎顕彰碑地図へ

留萌市大町・望洋遊園-01留萌港が見渡せる大町の高台に有る望洋遊園内に松浦武四郎顕彰碑と湊神社が有るも地図には記載無し。留萌市内から黄金岬に進み大町3丁目の信号を右折し次の十字路を左折すると右横にパーキングスペースとその先に旧赤灯台があり、その右奥に松浦武四郎顕彰碑があります。☆武四郎はヌプシャ越を含めて留萌は4回の通過、宿泊しておりルルモッペ運上屋のスケッチを残しているが、碑の建っていら場所から描いたものらしい。運上屋は古くは苫前場所に入っていたがルルモッペ場所として独立、藩直領で場所請負人は栖原家である。管理人が学生の頃に老人達が留萌と書きルルモッペと呼んでいたのを覚えているが、留萌の地名も武四郎が提言したと云う。武四郎とは関係ないが公園にある赤灯台は昭和6年に留萌港西突堤に建てられ、60年以上船舶の安全航行を見守り平成9年に引退。その後は歴史的遺産として望洋遊園に保存されている。付け加えると「海のふるさと館」横にも引退した高橋灯台が復元保存されています。
◇留萌市大町・望洋遊園 ◇N43°56’46.5” E141°38’08.1”

海のふるさと館

留萌市・海のふるさと館黄金岬上は幕末の時代に庄内藩が統治していました。外海と北前船の停泊する旧留萌川の河口(現留萌港)を見渡せる日和山を「のろし台」として使用していたという。この事からも判るように南は暑寒連峰、北に天売・焼尻島など眺望がよく、眼下には岩礁地帯をもつ海浜公園が広がっています。その黄金岬の台地上に海のふるさと館はあります。博物館としての基本的な機能に展望ラウンジ、テラス、レストランなとがあり観光で訪れても楽しめます。ガラスを多用した開放的な外観で気軽に入館しやすい。正面玄関のほか、外部階段や海浜公園からも入館できる。入館は無料で気軽に利用ができますが、展示室は有料になります館内では留萌の歴史を道具や映像・レプリカ等によって再現している。1階の常設展示室にはニシン漁で栄えた留萌に関連する所蔵品350点を展示、北の探検者というコーナーでは松浦武四郎が別格のスペースで松浦地図と共に紹介されている。観光から、留萌の文化、歴史を知る場として活用を。困ったときは案内カウンタまで。◇所在地:留萌市大町2丁目3-1

高橋灯台(留萌灯柱)

灯台が造られた当時は冬季間の波風は激しく目標を失った船の海難事故が後を絶ちませんでしたが、留萌市の財政事情から灯台建設は不可能でした。そこで昭和27年、故高橋九一氏が、私財60万円を投じて黄金岬高台(日和山峰火台跡)に鉄骨製の灯台を建てました。これが高橋灯台で海の人たちの命を守ってきました。塩見町に留萌灯台が出来てその使命を終えた。53年間に渡り活躍した高橋灯台は老朽化が進み昭和61年に撤去されたが、平成元年に復元され「海のふるさと館」横にあります。実物より幾分小さくなっています。◇所在地:留萌市大町2丁目3-1 海のふるさと館敷地内

樺太引揚三船殉難平和の碑Pick up

# 留萌の慰霊碑は「千望台」に「樺太引揚三船殉難者慰霊之碑」が建立されていましたが、経年による損傷が激しいため平成7年に「樺太引揚三船殉難平和の碑」として再建、平成22年に海のふるさと館敷地内に移設された。写真は海のふるさと館敷地内にある慰霊碑で、墓地にある慰霊碑はこの中にはありません。◇所在地:留萌市大町2丁目3-1 海のふるさと館敷地内

見晴公園

野球場、テニスコートなどの運動施設の他、昭和40年代末期まで留萌近郊で活躍していたSLがある。SLは昭和14年にD51181号として笠戸工場で製造され、各地の機関区で活躍した後の昭和35年、羽幌炭の輸送を目的とし、国鉄郡山工場で D61型蒸気機関車として生まれ変わり、昭和35年に深川機関区に配属され、主に羽幌炭等の輸送に活躍し長距離を走り続け、昭和48年4月30日で留萌羽幌間を最後に現役を引退。今は見晴公園に大切に展示されています。

留萌千望台

留萌市・千望台千望台は標高に180mの小高い丘にある展望台で留萌市街の全景と南側の暑寒別岳から北側に続く海岸線まで、空気の澄んでいる時には洋上に浮かぶ天売、焼尻島と名峰利尻富士が浮かんでいるのを見える事もある。夕暮れ時の幻想的な風景が見られるかどうかは運次第ですが。天気ならば日本海に沈む夕陽と留萌の夜景は楽しめる。千望台には、「サンセット千望台」というログハウス風のレストラン兼喫茶店がある。港町、留萌の街並を眺めながらランチタイムというのがお勧めかも。留萌市街からは車で約5分程の距離で気軽に行けるでしょう。千望台から更に奥に進むと、山をまるごと公園にしたような「るるもっぺいこいの森」という森があります。留萌市礼受町

礼受牧場

留萌市・礼受牧場礼受の高台にある牧場で牧場の後ろには風力発電用の風車、夜間はライトアップが施されています。前には左右を丘に囲まれた留萌の町並みと、その向こうに日本海を望む眺望が楽しめます。眼下には海水浴場が見えています。穏やかな夏とは一変して冬季間は強い季節風の通り道になり、その自然エネルギーを風力発電に利用している。

礼受牧場 畜産館 トリム

留萌市・礼受牧場畜産館 トリム牧場に隣接してある物産館で軽食や喫茶などのメニューがあります。有るので気楽に利用できます。カレーの豪華版という感じでここでは庶民派の味がお勧め。牧場のソフトクリームに人気があるという、お土産も揃ってます。景観を眺めながらバーベキューをする事も出来るらしい。
営業期間 4月29日~10月5日 TEL(0164)43-5999

にしん街道 留萌市

にしん街道標柱・留萌市説明板より転載
『ここ留萌は「にしん漁」で栄えた北海道日本海沿岸の町です。江戸時代の天保11(1840)年に当地への出稼ぎが解禁されると漁獲量も飛躍的に増加し、明治30年頃には全盛期を迎え、それ以降昭和30年まで百年以上の長きにわたって繰り返された「にしん漁」は留萌とは切っても切れない縁で結ばれることになりました。北海道の日本海沿岸各地で行われた「にしん漁」は、江戸時代から日本の経済を支えた主要な産業ですが、往時の栄華を偲ばせる原風景は歳月と共に失われつつあります。かつて「にしん漁」が行われていた各地を結び「にしん街道」とすることで、先人が作り上げた「にしん文化」を後世へと伝えるため、この標柱を設置したものです。』
◇所在地:留萌市礼受町 佐賀番屋敷地内

史跡 佐賀番屋

史跡 佐賀番屋往時のニシン漁場景観がそのまま残されたにしん番屋で国指定史跡。ここで使用された漁撈具も多数保存され、そのうち3745点が重要有形民族文化財にも指定されています。漁獲から加工まで行っていた「ニシン漁場」の外観が見られる。※番屋内部は非公開・外観のみの見学となるが敷地内に駐車スペースは数台分あり。建物の豪華さや規模は余市の福原漁場に及ばないようだが、敷地の広大さに関しては佐賀番屋の方が圧倒しているようにみえました。◇所在地:留萌市礼受

留萌市の自然と景観スポット・ミニギャラリー

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