松浦武四郎の碑を巡る
美深町以南の天塩川流域の碑や説明板など‼

松浦武四郎宿営之地エカシテカニ 美深町 MAP

美深町恩根内-01

美深町市街地から国道40号を北上、恩根内大橋を渡り右折、国道下を通り抜け恩根内駅を過ぎて三叉路を左折するとまもなく右側の道路脇、恩根内駅から約400mに石碑と美深町設置の説明板、天塩川歴史紀行説明板がある。ここには昭和初期に郷土史研究をされていた笠原康雄氏が木碑を建てたというが、平成10年に美深町文化史跡として石碑となったが裏面は英文と珍しい。近世蝦夷人物誌にも登場するヲクルマトマナイ仮住まいしていたエカシテカニ一家に往路(6月13日)と帰路(6月24日)に宿泊している。エカシテカニは武四郎らを手厚くもてなし「ゑ住んでいる国がもっと近ければ娘を嫁にやるのだが」と語ったと云う。ここでは五弦琴(トンコリ)などを楽しんだようです。 ◇石碑・説明板・天塩川歴史紀行説明板 美深町恩根内 ◇標高 48m N44°36’02.7” E142°18’25.5”

松浦武四郎踏査之地碑美深町 MAP

美深町紋穂内 びふかアイランド

道の駅~びふかの後方の美深森林公園びふかアイランド内の『びふか温泉』と道を挟んだ正面に歌碑及び踏査之地碑と美深町町長の説明板がある。安政4年の天塩川流域踏査行時には往復とも恩根内のエカシテカニの家に宿泊。武四郎らを手厚くもてなしてくれた礼に贈った詩2首『ゑみしらは筍にもる飯も古のさまをつたへて葉椀にぞもる』『かきならす五つの緒ごと音さえて千々の思いをわれもひきけり』が碑に刻まれています。 ◇歌碑&説明碑 美深町紋穂内 森林公園びふかアイランド内 ◇N44°33’28.4” E142°19’24.8”

天塩川名 由来の地テッシ 美深町 MAP

美深町紋穂内

武四郎は「大昔に神が作り並べた」という川の中に一条の岩が並んでいる様子を、天塩日誌に『本名テシウシなるを何時よりかテシホと語る也。テシは梁の事ウシは有との意なり。此川底は平磐の地多く、其岩筋通りて梁柵を結し如く、故に号しと』この地形が「天塩」の語源になっていると記した。テッシは部分的に凹んで深くなっているので溺死する者が多く渡渉禁止となっていた様だ。木材の流送や船用に掘削され今は超渇水にならないと見えないが、びふかアイランド内に十分の一にスケールダウンしたテッシが作られている。ここでは魔神が梁柵を作りサケを捕ることをアイヌに教えたという伝説も残されている。美深町指定文化財です。 ◇石碑と説明板 森林公園びふかアイランド内 ◇標高 60m N44°33’28” E142°19’02”

松浦武四郎宿営地ヘケルル 美深町 MAP

美深町 恵深橋 美深カヌーポート

名寄市から美深町方面に進むと恵深橋で天塩川を越えるが恵深橋のすぐ上手に辺渓仁宇布川が合流している。恩根内から遡河してきた武四郎一行はヘンケニウプ下手の小川河岸に人家が二軒(コロカイ・トウリヘの家が有るも本人は不在)有るのを見、風も良いとの事でここに上陸し宿営(6月14日)している。恵深橋の美深側付近と思われる。ここでは女性達が厚司を織っていたのを見て、その染色方法を聞き天塩日誌に記している。いわゆる草木染めの元祖的な技法で、現在でも十分使えそうです。◇天塩川歴史紀行説明板設置予定 美深町ニ線・恵深橋の上流側右岸 美深カヌーポート附近になるか?◇標高 76m N44°27’18” E42°21’42”

金比羅大権現ヌーポロ 名寄市 MAP

名寄市智東

河川改修でかつての面影は薄いが、松浦武四郎の「天塩日誌・丸山道子現代語訳」では“過ぎてシュボロ小さな滝を思わせる急流なので、船に綱をつけてひいて川を上がる”と有り丸木船に慣れているアイヌもイナウを捧げてから通る天塩川最大の難所で、カムイコタンとも呼ばれた。鉄道が開通するまでは天塩川の川舟が主な輸送手段だったが、ここで川船の遭難事故が度々有ったと云う。特に明治44年には一度に15名の遭難者を出す大きな事故が有った。ここには川舟の通行安全を祈願する「金比羅大権現」碑も祀られている。◇撮影地点 ◇N44°25’07.6” E142°27’34.9”

松浦武四郎宿営推定地ナイフト 名寄市 MAP

名寄市日新 名寄川堤防

ナイフト(名寄川河口)から少し左に入った名寄川右側岸辺に民家二軒有り、アヘルイカ家に宿泊(6月15日)、名寄川踏査の帰路(6月18日)と天塩川上流域踏査の帰路(6月23日)にも宿泊している。当地は蚊やアブなどが多くこれを防ぐため、家の中に囲炉裏の煙をこもらせる工夫をしていたこと、鹿猟の仕掛け弓の方法や、鹿猟で使用する笛などこの地方独特の様式に付いて記録している。また苦労して製作した織物を和人との交易で安く買いたたかれていた実情なども記している。天塩川歴史紀行説明板は道道933号(日進名寄線)を下川町市街から美深方面に向かい、日進橋を渡り日新駅前の通りで左折、ピヤシリ大橋の手前で左折し堤防に入って少し進むとある。実際の宿営推定地は道道933号(日進名寄線)を美深方面に向かい、日進橋を渡って約1.6km程進んだ右側で日新遺跡群の説明板のある。二つの説明板による混乱を避けるため名寄川堤防上だけとしたという。◇天塩川歴史紀行説明板 名寄市日新 名寄川堤防 ◇標高 96m N44°22’51.8” E142°27’27.3” ◇宿営推定地 名寄市日新 ◇N44°23’11.2” E142°27’49.1”

佐藤正克越冬之地碑名寄市 MAP

名寄市朝日 拓進川河口付近

名寄市から下川町に進み名寄市朝日で左折七線橋を渡り十字路を左折、市道見晴線にはいると左側にある。右折すると拓進川かかる八線橋。明治4年北海道開拓使の役人であった佐藤正克が天塩川内部開拓調査のために調査に入りここで越冬した。その記録が闢幽日記で、そのなかに「松浦氏天塩誌ニ七段瀧ノ図アリ。然トモ今其何処ナルヲ知ラズ。虚筆、人ヲ欺ク那」「其奥ニ数峰ノ高山アリ。松浦多気四郎氏『天塩日誌』ニ此地より山行スト云ヘリ。『ラフニ』『トキコサン』ハ松浦氏ニ随行セルモノナリ。余因リテ之レヲ問フ。皆曰ク知ラズと。後之レヲ「シベツ」ニテ聞ニ、『ナイタイベ』ヨリ山行セリト云フハ全ク虚ナリト」と虚筆呼ばわりしているが、丁巳日誌が公開されていたなら誤解は生まれなかったであろう、時代は松浦武四郎に味方しなかった。武四郎が描いた「7段の滝の図」は未だ幻の滝。大雨などの後に出現する「幻の滝」という類いかそれとも佐藤氏が場所を間違えたか?武四郎は無類の滝好みたいで滝はオーバーな表現が多い。◇木碑と説明板 名寄市朝日 拓進川河口付近 ◇標高 105m N44°19’51.8” E142°31’42.8”

松浦武四郎野営の地碑サンルベシベ 下川町 MAP

下川町北町462

松浦武四郎はチノミ(上名寄・九線川河口付近)の首長エレンカクシ家(6月16日泊)を拠点に名寄川とサンル川の合流点付近のサンルベシベに野営(6月17日)し、名寄川及びサンル川を踏査したとされる。松浦武四郎はこのあたりで倒木流木に船の行く手を阻まれ、伐ったり潜りぬけたりと悪戦苦闘。水量も少なくなり陸を行くが両岸は木と蔦がからみあい、小さい沢が多く本筋が分からなくなる程と「午後峠に到り木間より海が見え、峠を越えて行くとホロナイ川」という内容は、原本の丁巳日誌にはなく、聞き書きを元に興を添えるため創作した武四郎流のフィクションであり、峠を越えて行くとホロナイ川は確かだが海の見えるような所ではない。道道60号(下川雄武線)を下川市街から左折し雄武方向に進む。名寄川を渡りサンル川にかかる橋を越えて最初にあるカーブの終わる所の道路左側に標柱がある。「北海道の地名」にはこの川の左股は夏の峠道沢とあった。◇木碑丸太 下川町北町462 ◇標高 106m N44°18’47.7” E142°37’42.5”

名寄川上流到達点の碑下川町 MAP

下川町三の橋30線-01

名寄川及びサンル川を踏査時の悪戦苦闘ぶりが天塩日誌の中に書かれているが、実際に本人が確認しなかった内容も含まれ、山に登ったと言う話は実際の日程からは不可能と思われる。下川町二の橋のユニナイ川河口付近で引き返し、上流域については聞き書きを残している。標柱は国道239号を下川町市街から興部方面に約4km、左側の神成牧場を通り過ぎ、右に名士バス30線バス停付近を過ぎてまもなく道路右側にある。木標の近くに「二の橋道路標識」があるのでそれが目印になる。◇木碑丸太 下川町三の橋30線 ◇標高 146m N44°18’03.7” E142°40’46.2”

松浦武四郎宿営地リイチャニ 士別市 MAP

士別市北町 剣淵川堤防際

国道239号から道道976号(西風連士別線)に入り北上して下北大橋手前の交差点を左折。さらに右、左と曲がって剣淵川堤防に上がると前に説明板が見える。「此処ニシハコロの村也。上陸して乙名の家(鱒捕小屋)を見るに、誰も住ざるが故に家根腐れて家には虎杖等多く生茂りたり。其傍にて止宿(6月19日)しけるに、此辺蚊の多き事いよいよ下に倍し喰事も何も出来ざるが故に、夜に入てより其家を明此内に入、火を燃して宿しぬ。然る所明前一雨降来りしが、処々滝の如く漏り出したる故、如何とも致しがたかりしが、翌朝見るに其雨もり滴煤水にて何も皆染りけり」すすだらけの雨水でずぶ濡れとはあまりにも気の毒と言うしかない。このあと剣淵川を50町ほど遡り(12線橋付近)凡その地形を見て戻っている。◇説明板 士別市北町 剣淵川堤防際 ◇標高 122m N44°12’21.1” E142°21’17.7”

松浦武四郎宿営地サッテクベツ 士別市 MAP

士別市中士別

武四郎一行がサッテクベツに着いた時は皆出かけており殆どの家は留守(当時アエリテンカ、トセツ、ルヒサンケ家の三軒で住んでいたルヒサンケも留守)で空家ばかりと、ルヒサンケ家に宿泊(6月20日)し空家で酒を仕込んで天塩川上流の踏査、帰路も(6月22日)宿泊している。帰路では大勢が集まり、仕込んでおいた酒で盛大に酒宴を張ったと云う。「踏査の道中悲しい話を聞き無情の様を見て来たが、初めて楽しそうな様子を見た」と日誌に記している。ここに村長ニシバコロの村と書かれた標柱もあるが、当時ニシバコロは苫前にいて不在、家族は風連に移り住んでいた。また屯田兵の入植前は士別の天塩川筋にアイヌ家屋は10件、当地には明治29年まで居住していたという。士別市街から九十九橋を渡り、1つ目の信号を右折、約600m直進してワッカウエンベツ川にかかる境橋を越え直後を右折。約100m先の天塩川堤防下の水門近くに宿営地を示す説明板がある。◇村長ニシパコロの住居跡標柱・説明板・天塩川歴史紀行説明板 士別市中士別 ◇標高 141m N44°11’01.3” E142°25’02.7”

松浦武四郎天塩川探検の地ナイタイベ 士別市 MAP

士別市上士別-01

松浦武四郎一行がサッテクベツから天塩川上流へ向かいナイタイベで進退窮り、引き返すかどうか悩んでいたところ此処に、偶然にもアエリテンカの妻がいて『大木が倒れているからそれを渉るように』と教えられ、ナイタイベより陸行で上流のペンケヌカナン(朝日町市街地裏・斑渓橋付近)迄行きそこで引き返す。帰路にトナイタイベ(東内大部)にて野営(6月21日)し早朝にサッテクベツに戻る。山奥で偶然とはいえ妻と出会ったアエリテンカの喜ぶ様も天塩日記に残してしている。士別滝上線の西内大部川にかかる更生橋の間近に士別市郷土研究会が昭和42年に設置した「松浦武四郎天塩川探検之地」の説明碑がある。説明板には漢詩とその現代語訳が書いてあるが、傷みが進み題字は殆ど判読不能なので写真は新旧で掲載、ここには天塩川歴史紀行説明板も設置予定とか。◇松浦武四郎天塩川探検説明碑 士別市上士別町25線 更生橋 ◇標高180m・N44°07’43.6” E142°31’51.2”

士別市立博物館士別市 MAP

士別市西士別町2554

とても綺麗な博物館で士別市の開基80周年を記念し昭和56年にオープン。古代の石器や土器類の展示のほか、天塩川の自然やアイヌの世界の他、先人の足跡がわかる士別の歴史が展示されている。大正時代の建築物であった『士別公会堂』を隣接地に復元し、士別出身の芸術家作品や北方民族の生活資料などを展示。中でも泉昌子さんの極地探検とプロボクサー輪島浩一氏のコーナーが凄い。☆松浦武四郎のミニコーナーが有って「天塩日誌」を展示してあるが、現代語訳の天塩日誌とは違い色彩画で一見の価値有り。その他に天塩川流域に点在する松浦武四郎の記念碑などを大型パネル写真で展示(全てではない)してあった。◇士別市西士別町2554 TEL: 01652-2-3320

近藤重蔵ゆかりの地和寒町 MAP

近藤重蔵ゆかりの地

道東厚岸や黄金道路沿いには近藤重蔵の碑は多いが内陸部では珍しいかもしれない。1807(文化4)年の秋、近藤重蔵は西蝦夷地を巡った後に利尻島へ渡るつもりであったが荒天で断念し、天塩川を遡り剣淵、和寒、比布付近を通過して石狩に抜けたという。その道はある程度「天塩川川筋図」で知る事はできるが、天塩越しとなるとすっきりしない。上士別から愛別川を経て石狩川を下り神居古潭に至ったと言う話もあって本当はどうなんだろう~和寒に関しては明らかな記録は無いようですが、昭和の初めにマタルクシュ・ケネフチの土木工事の時に一振の脇差が発掘され三葉葵の紋(徳川将軍家の紋)が彫られた鍔がついていたとのことで「近藤重蔵が天塩川、和寒川と、遡って来た時、同地で供の者が病没、その死をあわれみ脇差もろとも埋葬した」というのが此の「近藤重蔵ゆかりの地」ということです。◇和寒町塩狩峠付近

松浦武四郎の碑・説明板・関連ギャラリー

美深町恩根内-01美深町恩根内-02美深町恩根内-02美深町紋穂内-02美深町紋穂内-03びふかアイランド-04
びふかアイランド-05美深町 恵深橋付近 美深カヌーポート名寄市日進-01名寄市日進-02下川町三の橋30線-02士別市北町 剣淵川堤防際-02
士別市中士別-02士別市中士別-02士別市上士別-02士別市上士別-03名寄市智東-02名寄市智東-03
名寄市朝日 拓進川河口付近-02現代語訳・天塩日誌の挿画より名寄市現代語訳・天塩日誌の挿画より士別市名寄川・武四郎折り返し付近天塩川・武四郎折り返し付近剣淵川・武四郎折り返し付近
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