松浦武四郎の碑を巡る
天塩川河口から音威子府迄の碑や説明板など‼

松浦武四郎天塩川紀行

安政4年にアイヌの人々に助けられ天塩川を遡り、内陸部の克明な記録を丁巳日誌や天塩日誌に残した松浦武四郎にまつわる記念碑や史跡があり、天塩川河口、カヌーポート付近の説明板では天塩川を踏査した経過の概要を誌してあるが、同じような説明板が天塩川流域の松浦武四郎宿泊地に6ヶ所有り、以前からある木標や説明板を全て合わせると18ヶ所・24基になる。宿泊地は可能な限り現在名を併記したが、今後の調査で変わる可能性があります。

丁巳日誌(天之穂日誌)での宿泊日時と宿営地

松浦武四郎天塩川紀行・往路

☆印は松浦武四郎の記念碑や説明板有り。
★印は宿営推定地の碑や説明板は無し。

☆6月8日・テシオ
◎天塩町・海浜公園に歌碑と銅像、運上屋跡に説明板設置
天塩川堤防緑地に天塩川歴史紀行表示板設置。

☆6月9日・ヲタシウシ・野営
◊幌延町安牛 千曲川付近 天塩町雄信内の国道際、雄信内川堤防に歴史紀行表示板設置。

★6月10日・ホロヒリプト・野営
◊中川町歌内 歌内橋上流右岸の支流(上水道の沢)河口付近。周知物なし。

★6月10日・アベシナイ 上陸のみ
※実際の宿泊はツウヨイと思われる 中川町の安川自然公園に説明板がある。

★6月11日・ツウヨイ・野営
※中川町富和 ※富和トンネルより中川町市街寄り2番目の沢、二股川?周知物なし。

☆6月12日・トンベッポ・トチノキ家泊
◊音威子府村筬島 頓別坊川河口寄りに表示板あり、歴史紀行表示板は物満内に移転。

☆北海道命名の地
◊音威子府村物満内に北海道命名の碑 塩川歴史紀行表示板、プレート設置。松浦武四郎略年譜は洪水で流出し今はない。

☆6月13日・ヲクルマトマナイ
◎エカシテカニ仮家泊
美深町恩根内 石碑、歴史紀行表示板設置。

☆天塩川名 由来の地碑
※美深森林公園内に松浦武四郎の歌碑と天塩川名由来の地建立

★6月14日・ヘケルル・野営
◊美深町三線 仁宇布川河口付近で恵深橋付近か、周知物なし。

☆6月15日・ナヨロ・アヘルイカ家泊
◊名寄市日進 10線川近くの日新遺跡付近、名寄川堤防に歴史紀行表示板設置。

★6月16日、チノミ・エレンカクシ家泊
◊下川町上名寄11線境界 朝日九線川河口付近でチャシがあったとされている、チャシなど含めて周知物なし。

松浦武四郎天塩川紀行・往路/続

☆6月17日・サンルベシベ・仮小屋泊
◊下川町北町 サンル川河口付近、道道下川雄武線沿いに木標柱設置。

☆名寄川上流到達点
※下川町二の橋ユニナイ川河口で引き返す
※名寄川到達点の木標柱設置。

☆6月18日・ナヨロ・アヘルイカ家泊
※名寄川上流の帰路、翌日天塩川上流へ。

☆6月19日・リイヤニ・ニシハコロ空家泊
◊士別市北町北五号 剣淵川堤防際の河川敷に説明板設置。

★剣淵川上流到達点
※剣淵町13区 剣淵川12線橋付近で引き返す。周知物なし

☆6月20日・サクテクベツ
◎ルヒサンケの留守宅泊
◊士別市中士別町西一線 ワッカウエンベツ川河口水門付近。歴史紀行表示板木碑、説明板、木標柱設置

☆6月21日・トナイタイベ・仮小屋泊
◊士別市上士別町25線 東内大部川河口付近 国道沿いに説明碑設置。

★天塩川上流到達点
◊士別市上士別町27線 士別パンケ川・斑渓橋付近で引き返す。周知物なし

松浦武四郎天塩川紀行・復路(帰路)

☆6月22日・サクテクベツ
◎ルヒサンケの留守宅泊

☆6月23日・ナヨロ◎アヘルイカ家泊

☆6月24日・ヲクルマトマナイ
◎エカシテカニ仮家泊

☆6月25日・トンベッポ・トチノキ家泊

★6月26日・ホロヒリプト・野営
◊中川町歌内 歌内橋上流

☆6月27日・サコカイシ・船中泊
◊天塩町作返川河口の天塩川 歴史紀行表示板は幌延町総合スポーツ公園に設置。

☆6月28日・テシオ・運上屋泊

※宿泊日は旧暦表示で丁巳日誌に沿ったが、新暦換算の場合は50日をプラスします。

天塩日誌での宿泊日時と宿営地

天塩川歴史紀行説明板での宿泊日時と宿営地は「天塩日誌」で統一されています。丁巳日誌と宿営地と宿泊日時が異なっているのは「天塩日誌」にある興を添えるためのフィクションにあわせ、宿泊日時を調整した為に起こったズレかもしれません。

天塩日誌による往路(天塩川遡航)

6月6日・運上屋泊⇒6月7日・サコカイシ・野営⇒6月8日・ヲンカンランマ・野営⇒6月9日・ホロヒリプト・野営⇒6月10日・アベシナイ・野営⇒6月11日・トンベッポ・トチノキ家泊⇒6月12日・ヲクルマトマナイ・エカシテカニ仮家泊⇒6月13日・ヘンケニウプ・野営⇒6月14日・ナイフト・アベルイカ家泊⇒6月15日・チノミ・エレンカクシ家泊⇒6月16日~6月17日・サンルベシベ・仮小屋泊⇒6月18日・チノミ・エレンカクシ家泊⇒6月19日・ナヨロ・アベルイカ家泊⇒6月20日・ケネフチ・ニシハコロの漁小屋泊⇒6月21日・サクテクベツ・ルヒサンケ留守宅泊⇒6月22日・トナイタイベ・野営⇒6月23日・ナイタイベ・野営

天塩日誌による往路復路(帰路)

6月24日・サクテクベツ・ルヒサンケ留守宅泊⇒6月25日・ナヨロ・アヘルイカ家泊⇒6月26日・ヲクルマトマナイ・エカシテカニ仮家泊⇒6月27日・オニサツベ・トチノキ家泊⇒6月28日・ペンケナイ・野営⇒6月29日・タカヤシリ・野営⇒6月30日・テシオ・運上屋泊

天塩川歴史紀行説明板 天塩町 map-ic

天塩町 天塩川河川公園

安政4年に2艘の丸木舟で流域を知り尽くしたアエリテンカ、トセツ、エコレ、トキコサンの案内で天塩川を踏査した経過の概要を誌してある。天塩川河口、カヌーポート付近で見晴らしの良い目立つ所にカラー印刷で松浦武四郎の写真も掲載した北海道開発局設置のスチール製の説明板があり耐食性もかなり良さそう。北海道開発局設置の説明板は天塩川流域の比較的人目につきやすい所に七カ所を設置、「天塩日誌」を元にし宿泊日時を統一して有り丁巳日誌とは異なっている場合があります。以後は(天塩川歴史紀行表示板)で統一します。◇天塩川歴史表示明板 天塩川河川公園 ◇N44°53’07,6” E141°44’29.7”

松浦武四郎像と歌碑天塩町 map-ic

天塩町・鏡沼海浜公園

天塩町のアウトドアスポット鏡沼海浜公園の駐車場正面に、蝦夷地の全貌を明らかにし膨大な資料を後生に残した功績を称えて天塩町が建立した松浦武四郎像と歌碑が有る。歌碑には天塩日誌の題字と天塩にちなんだ和歌が二首“蝦夷人のみそぎなしたる天塩川今宵ぞ夏のとまりをばしる”“ながむれば渚ましろに成にけりてしほの浜の雪の夕暮れ”と刻まれている。松浦武四郎は1846(弘化3)年と1856年から1858年にかけ天塩には4度訪れ、1857(安政4)年の天塩川上流踏査行の起点となった。◇天塩町更岸 天塩川河口鏡沼海浜公園 ◇N44°52’37” E141°44’32”

天塩川歴史資料館天塩町 

天塩川町

旧天塩町役場を改修し天塩川歴史資料館として開設。この資料館は天塩町と天塩川流域の歴史も紹介。松浦武四郎らの天塩川流域の探検史や天塩川とアイヌ人の生活とのかかわり。天塩川の川運に使用された長門船を復元展示してある。長門船は他では見られないかもです。

天塩川踏査宿泊地サコカイシ 幌延町 map-ic

幌延町 総合スポーツ公園

松浦武四郎は天塩川踏査で上流へ遡った第1日目(6月9日)はサコカイシで昼食を、帰路(6月27日)はサコカイシ川口で宿泊するが蚊が多く船を浮かべてその中で寝たという。サコカイシは天塩大橋の約1.8km程上流左岸に注ぐ作返川河口付近と思われるが、至る所でショートカットされ作返川も下流部は直線化されているので当時とはかなり河口の位置が変わっているかもしれない。草の伸びる前は近づくのは可能かもしれないが、確実なのはカヌーと云うことになりそう。そんな訳で天塩川歴史紀行表示板は幌延町の総合スポーツ公園に設置されている。
◇宿泊地 天塩川左支流・作返川河口付近 ◇N44°59’26” E141°50’18”
◇天塩川歴史紀行表示板 幌延町総合スポーツ公園 ◇N44°59’26” E141°50’18”

松浦武四郎宿営推定地ヲタシウシ 天塩町 map-ic

天塩町雄信内

宿営地(6月9日)は丁巳日誌はヲタシウシ、天塩日誌ではヲンカンランマとなっている。ペンケオートマップ川の支流だった千曲川河口付近の宿営と思われるが、今の千曲川は放水路で安牛駅付近の天塩川右岸に直接注いでいる。実際の宿営地は安牛付近より南幌延寄りになると思われるが、説明板では宿営推定地を安牛付近としている。ここも陸路で近づくのは困難で確実なのはカヌーとなりそう。この辺は天塩川の蛇行が激しい所でショートカットで取り残された三日月湖が数多く残されている。天塩川歴史紀行表示板は人目につくよう、国道40号線が雄信内(オノブナイ)川を越える栄橋上流側の左岸堤防上に設置。◇天塩川歴史紀行表示板 天塩町雄信内 ◇標高 16m N44°53’48.2” E141°55’26.2”

松浦武四郎宿営推定地ホロヒリプト&ツウヨイ 中川町 

ホロヒリプト

中川町には安川自然公園以外に宿営地を示す説明板などは無いが歌内の歌内橋上流右岸の支流(上水道の沢)河口付近(ホロヒリプト)で往路(6月10日)と復路(6月26日)に野営、野営地付近は歌内橋から目視可能な距離。ツウヨイ(富和トンネルより中川市街寄りに2番目の沢、二股川河口付近?)は往路(6月11日)に野営したというが、現在の地形は道路やトンネル工事などで変わっていて野営地は想像するしか無いが。◇中川町歌内・中川町富和 N44°43’53” E142°05’55”

松浦武四郎宿営地アベシナイ 中川町 MAP

アベシナイ

中川町に唯一の宿営地を示した説明板です。説明板では6月10日にアベシナイのペンケシップ川河口としてあり、三本の川が合流する中で手前の小さな川のようです。刊行本の天塩日誌はアベシナイに宿営となっていて、この説明板が設置された年代がわかるという貴重な存在です。実際の宿営は6月10日が歌内橋上流のホロヒリプトで6月11日はツウヨイ(富和の二股川河口付近?)のようです。丁氏日誌で、疲れはて全員が爆睡していたところをアベシナイの老アイヌ、カ子アンホに起こされたと日誌に記している。説明板は国道40号線と道道118号線のT字路付近から山道を登った安川自然公園内(国有林内)にある東屋に取り付けてある。園内に東屋二棟と山神碑があるが、放置状態で手入れされてる感じではない。◇中川町字安川三

北海道命名の地音威子府村 MAP

音威子府村筬島-01

国道40号沿いの筬島橋から稚内方面に約1km走ると電光掲示板と武四郎の看板が見え、看板を右折、500m程先に木碑と天塩川歴史紀行説明板、プレートあり、木標は平成23年に更新されている。松浦武四郎は踏査行の帰路にトンベツホ(筬島地区)のアエトモという古老宅に訪問「カイナー」の意味を尋ねたところ「カイ」は「この国に生まれたもの」「ナー」は敬語という事(言語学者は否定、普通は男性の尊称との事で古老アエトモの物語か?)を知る。明治2年(1869)に明治政府から蝦夷地命名の任を受けた松浦武四郎は古老アエトモから聞いた話を元に「蝦夷自らの国を加伊という」旨の熱田大神宮縁起を重ねて「北加伊道」としたのだろうか。武四郎は北加伊道、日高見道、海北道、海島道、東北道、千島道の6候補を挙げたが、明治政府は「北加伊道」を採用し東海道の例に倣って「加伊」を「海」に改め北海道が誕生する。北海道の海には「北のアイノの国」という想いが込められ、古老アエトモと松浦武四郎の出会いが有って産声をあげた。略年譜は平成24年の洪水で流出してしまい、代わりに筬島から移転した天塩川歴史紀行表示板がある。 ◇木碑・プレート 音威子府村字物満内 ◇標高 39m N44°44’28.0” E142°11’00.8”

天塩川歴史紀行 調査五日目説明板 音威子府村 MAP

音威子府村筬島-07

説明板では6月11となっていて踏査行五日目の概要がしるされている。ここでは説明板にないが、帰路に実際に立ち会った「熊送りの儀式」を「熊を処理するには色々の儀式やしきたりがある」と絵とともに天塩日誌に詳しく記している。佐藤正克氏の闢幽日記に「松浦氏天塩誌ニ七段瀧ノ図アリ。然トモ今其何処ナルヲ知ラズ」とある「シイヘルカルシ七段の滝」に関しては佐藤氏が場所を間違えたか、雨後で帰路は増水していたというので一時的な幻の滝という可能性もあり説明板では触れていない。天塩川歴史紀行説明板は旧筬島小学校正門の裏側に設置されていたが、平成24年の洪水で物満内にあった松浦武四郎の略年譜が流出したため、天塩川歴史紀行説明板は物満内に移設された。写真は旧筬島小学校跡のアトリエ3モア前にあった時のもの。◇天塩川歴史紀行表示板 音威子府村字物満内

松浦判官宿泊聴佛法僧之地トンベッポ 音威子府村 MAP

音威子府村筬島-02

国道40線から筬島大橋を渡り舗装路を進んでいくと踏切となるがその手前の角地に標柱がある。安政4年(1857)年の天塩川上流域を踏査時、武四郎一行はトンベツホ(ペンケオニサベとも)にてアエトモ家に泊まる予定だったが惨状を見て諦め、少し遡って案内人の一人トセツの妻が遊びに来ていたというトチノキの家に宿泊(6月12日)。復路はアエトモ家に宿泊(6月25日)したと天塩日誌にあるが、丁巳日誌によると実際はトチノキの家に宿泊しアエトモ家を訪ね色々と話を聞いたことになっている。宿泊した夜に「ホッホッホッホッと啼鳥有」家主のアエトモが「「最上ニシハが内地にもいる仏法僧という鳥だと言っていた」と云い、武四郎は初めて仏法僧と云う鳥の鳴き声を聞いたというが、実際はコノハズクらしい。最上ニシハとは幕臣近藤重蔵らと千島を探検し、9回にわたって北方探検にあたった最上徳内の事。2014年春に訪問した時は史跡表示板が外されていたが、2014には再設置されています。
◇音威子府村字筬島 史跡表示板 ◇標高 44m N44°44’38.0” E142°11’18.6”

松浦武四郎の碑・説明板・関連ギャラリー

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