北海道は道北と道東の観光スポットやアウトドア、渓流と滝を紹介

音威子府村を巡る旅

ぐるっとおといねっぷプチ観光・北海道命名の地と筬島

□ エコ・ミュージアムおさしまセンター

音威子府村字筬島01

アトリエ3モアとは、砂沢ビッキさんが音威子府で構えたアトリエの名前を元に名付けられた。元々は音威子府で一番古い公共施設の筬島小学校が使用されています。入り口にあるドアをあけると廊下が展示室の「風の回廊」風がテーマで巻き絵、絵画、版画とポスターが展示されています。風の回廊を抜けると展示室「トーテムポールの木霊」続いて展示室「ビッキからのメッセージ」テーマは「人」奥には等身大のビッキさんの写真が張られ手前には「デスマスク」が置かれている。「午前3時の部屋」のテーマは「森」、展示室「ギャラリー」のテーマは「水」です。ここは一般使用が可能なギャラリーです。その他にも展示室が有りますが楽しいのは最後の展示室「いないいないばぁ」ですね。テーマは火で昭和41年から平成9年までススキノで営業していたカウンターが当時のままある。砂沢ビッキさんはオタスツウンクルの末裔で家系には武四郎の日誌や蝦夷人物誌に登場する「セッカウシ」(ウリウ・カバト・ソラチ三地方の惣乙名)がいる。また砂沢クラ女史の夫でカムイユーカラの語り手で知られた砂沢友太郎氏は叔父に当たる。国道から筬島大橋を渡ると見えてきます。◇音威子府村字筬島

□ 松浦判官宿泊聴佛法僧之地

音威子府村字筬島02

安政4年(1857)年の天塩川上流域を踏査時、天塩川を遡って行く際と下ってきた時に宿泊している。その時コタンに住人とあるのはアエトモとトチノキの家二軒だけだったという。トチノキの家に宿泊し夜にアエトモ家を訪れた時「ホッホッホッホッと啼鳥有」家主のアエトモが「昔最上ニシハが内地にもいる仏法僧という鳥だと言っていた」と云い、武史郎は初めて仏法僧(実際はコノハズクらしい)と云う鳥の鳴き声を聞いたらしい。最上ニシハとは幕臣近藤重蔵らと千島を探検し、9回にわたって北方探検にあたった最上徳内の事。最上徳内もここに泊ったと云う事か・なお帰路の宿泊もトチノキの家であったが、この時には川向かいに熊が出て、従者四人とあわせて七人が熊を狩りに、一頭の熊を捕らえ熊送りの儀式をしたと、武四郎にとってもかなり珍しい事だったようで絵図と共に詳しく記録に残し、「その様、実に異郷の趣なり」と記している(丁巳日誌より)。※アトリエ3モアを通り過ぎて突き当たりに有ります。なお詳しい説明板は旧筬島小学校正門前にあるので立ち寄って見て
◇音威子府村字筬島
◇位置情報 N44°44’38.0” E142°11’18.6”

□ 北海道命名の地碑 (木碑 略年譜)

音威子府村字筬島03

松浦武四郎は全道各地に足跡を残しているが、安政4年(1857)年に天塩川を遡行、石狩川上流への踏査をしているが、その調査内容を天塩日誌に残している。武四郎は調査の帰路にトンベッポ(筬島地区)のアイヌのコタンに立ち寄りアエトモという古老(エカシ)に「カイナー」の意味を尋ねたところ「カイ」は「この国に生まれたもの」「ナー」は敬語という事を知る。明治2年(1869)に明治政府から蝦夷地命名の任を受けた武四郎は古老アエトモから聞いた話を元に'北加伊道'を初め6候補を挙げたが、明治政府は「北加伊道」を採用し東海道、西海道の例に倣って「加伊」を「海」に改め北海道が誕生する。北海道の海には「北のアイノの国」という想いが込められ、古老アエトモと松浦武四郎の出会いが有って産声をあげる事が出来た。ただアイヌ語の「カイナー」には「この国に生まれたもの」と云う意味は無いと言うのが言語学者の見解・・厳密に言うと北海道は幻のアイヌ語起源と云う事になるが、松浦武四郎は「北のアイヌ」と言う意味をこめ「北加伊道」としたのであり「北海道命名の地と言う事には変わりない。なお正式な報告文である「丁巳日誌」にはカイナーに関する記載は無い。「天塩日誌」ではアエトモの家に泊まった事になっているが、「丁巳日誌」によると、アエトモ家に立ち寄っているが、宿泊は往復共に従者トセツの義兄トキノチ家である。国道40号沿いの筬島橋から稚内方面に約1km走ると入り口に電光掲示板と武四郎の看板が見え、看板を右折500m程先に碑と略年譜がある。
◇音威子府村字物満内 天塩川河川敷
◇位置情報 N44°44’28.0” E142°11’00.8”

□ 音威子府渓谷

音威子府村字筬島04

音威子府から天塩川は渓谷を作り西流し音威子府渓谷と呼ばれ、紅葉が綺麗だが中でも手塩川支流物満内川付近の紅葉が見事、中川町側は神路渓谷と呼んでいる様だ。天塩川を挟んだ筬島には彫刻家、故 砂澤ビッキ氏の作品を展示したエコ・ミュージアムおさしまセンターがある。天塩日誌には現在の神居山裾のシイヘヌカルシ「七段の滝の図」(頓別坊より下流)の記載が有るも未確認。公式文書にはただ滝となって落ちていると。筬島付近や鬼刺辺川には実際に滝があり、7段の滝があっても不思議ではないが神路渓谷の方かも。武四郎はかなりの滝好きでオーバーな表現が多いが、探査行の季節から想像すると季節限定の滝なのかも。

音威子府村の自然と観光スポット・ミニギャラリー

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