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名寄市の史跡と碑・巨樹巨木を巡る‼

天塩川歴史紀行説明板・ナイフト地図へ

名寄市06

松浦武四郎が1857年の踏査に訪れたとき名寄に入り最初に宿泊したアヘルイカと云うアイヌ民家が有った所で、当時はナイフトと呼ばれていた様です。ここには往復時合わせて3泊している。案内板は道道933号(日進名寄線)を下川町市街から美深方面に向かい、日進橋を渡って約1.5km程進み日新駅前の通りで左折、ピヤシリ大橋の手前で左折し堤防に入る。◇説明板 名寄市日新 名寄川堤防 ◇標高 96m N44°22’51.8” E142°27’27.3”

日進遺跡群

名寄市日進

日進遺跡. 天塩川と名寄川の合流点、名寄川沿いの東側の丘陵や台地に33カ所の遺跡が点在しているので日進遺跡群と呼ばれている。川岸近くの台地には1万年前、低いところでは1~2千年前、畑のある丘陵は8千年前と時代によって住んでいた場所が違っていました。どちらにしても天塩川での漁労やピヤシリ、久度山での狩猟には都合の良い位置になっている。その中で遺跡の説明板がある所付近が松浦武四郎が実際に宿営したと推定されている所です。◇松浦武四郎宿営推定地 名寄市日新 ◇N44°23’11.2” E142°27’49.1”

ヌーポロと金毘羅大権現地図へ

金毘羅大権現

天塩川右岸に「スーポロ」金毘羅大権現とスーポロ説明板がある。松浦武四郎の「天塩日誌・丸山道子現代語訳」では“過ぎてシュボロ小さな滝を思わせる急流なので、船に綱をつけてひいて川を上がる”と有り丸木船に慣れているアイヌもイナウを捧げてから通る天塩川最大の難所で、カムイコタンと云う別名もある。鉄道が開通するまでは天塩川の川舟が主な輸送手段だったが、ここで川船の遭難事故が度々有ったと云う。特に明治44年には鉄道建設工事に従事する人や、建設資材を満載した運漕船が遭難し一度に15名の遭難者を出す大きな惨事となった。「金比羅大権現」碑は一時所在不明になっていたが河川改修工事で発見され元々碑が有った対岸に移動し再建(1986年)された。名寄市日進から智東駅へ向かうと踏切手前の左側に有る。スーポロ又はスーポロの険とも呼ばれ、後に智東の滝とも呼ばれていた様だ。◇撮影地点(望遠使用) ◇N44°25’07.6” E142°27’34.9”

天塩川船着場跡

天塩川船着場跡

明治36年の鉄道開通まで主な輸送手段は天塩川舟運で、その船着場があったと推定される旧天塩川の河岸。明治36年に鉄道が開通するまで、名寄での物資運搬は川舟によるもので、天塩川は重要な交通手段として利用されていた。そこには必然的に船着場が出来る事になります。渡船場も含めて私設官設が多数あったようです。市街地に最も近かった天塩川の蛇行地点は名寄太13線(現働く婦人の家)だったそうで、最初ここに足場や繋留杭を作ったのは川井和五郎氏との事。◆名寄市西10条北1丁目

佐藤正克越冬之地 (木碑と説明板)地図へ

名寄市朝日 拓進川河口付近

北海道開拓使の役人であった佐藤正克が、単身で天塩川筋の調査を行った。明治5年10月19日~翌6年1月4日(陰暦)まで和人としてこの地方で初めて越冬したとされる場所。佐藤は越冬する予定ではなかったのだが、戻るのが遅れてやむなく越冬する羽目になった様だ。その時はアイヌの人たちの親身の手援けにより命をつないだようです。その時の調査記録が闢幽日記。名寄市から下川町に進み名寄市朝日で左折七線橋を渡り十字路を左折、市道見晴線にはいると左側にある。◇名寄市朝日 拓進川河口付近 ◇標高 105m N44°19’51.8” E142°31’42.8”

名寄鈴石と名寄高師小僧

準備中01

どちらも文部大臣指定の天然記念物で文化財保護法により採掘などは禁止されている。どちらも土中に埋蔵されているので見学は事実上不可能。従って実物は名寄市北国博物館の常設展示室で見るしか有りません。名寄鈴石は核となる粘土等に鉄分が殻のように巻き付いて出来たと考えられている褐鉄鉱の一種。名寄高師小僧は湿地などに生育する植物の根などに鉄分が巻き付いて出来たと考えられる沼鉄鉱の一種。

浅江島公園

名寄市浅江島公園

浅江島公園にはいくつかの大きな碑が有るが、特に目立っているのは「馬の慰霊碑」と説明碑、馬の慰霊碑でこの碑と同クラスの碑を他に知らない。馬の慰霊碑の前にはなんと小さな金の馬の像迄有ると云う驚きの碑です。隣り合って立っている乳牛感謝の碑は牛の絵が描いてある。その他に日本庭園風の池や人口の滝などが配された広い都市公園で手入れも比較的行き届いている。 ◆北海道名寄市西13南2

旧浅江島農場の開拓記念木

名寄市開拓記念木

明治35年の浅江島農場開設以来、場内の神木とされ保存されてきた。堤防工事の際も地区のシンボルとして市民の要請を受けて切らずに保存。これだけ樹勢の良い木が残されたのは奇跡に近い印象がある。浅江島公園からは徒歩圏内。樹種 ニレ 樹齢 約500年(推定)胸高直径 約140cm 樹高 約31m ◆名寄市西13条北1丁目地先 天塩川右岸堤防

山形神社のハルニレ

準備中02

北海道開拓百年記念木と北海道記念保護樹木に指定されている。明治33年の山形団体の入植以来、開拓を見守る神木として、神社境内で大切にされている。盆栽が巨木になった様な独特の樹形は威圧的で威厳に満ちた風格を感じる。樹種 ハルニレ 樹齢 約500年(推定)胸高直径 約140cm 樹高 約24m ◆名寄市曙1番地 山形神社拝殿北側

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